飛騨山脈

REPORTREPORT森と暮らす

REPORT

奥飛騨の自然体験の情報発信拠点。温泉、自然散策いろんな楽しみ方を発見できる場所

2025.05.12

佐藤 正広さん

奥飛騨ビジターセンター

私は北海道出身で、大学進学のため東京に出て、一度そのまま東京で就職したのですが、自然のあるところで暮らすのもいいかなと思って、池袋で開催していたIターン・Uターンフェアに参加したときに、高山市のブースに訪問し、そのまま移住を決めました。もう30年近く前になります。学生の時、カヤックで川下りをしていたので、長良川にはよく訪れていました。特に郡上八幡は川下りのメッカですから。それもあってフェアで岐阜県のブースに訪れたら、たまたま高山市のブースだったということです。

自然に関わる仕事に就きたいという漠然とした思いがありましたので、大学では農学部の林学系、特に東京農業大学の農学部造園学科に進みました。ここでは、建築系の都市計画とは異なり、自然公園計画などを学んでいました。林学の実習場もあり、どのように森を作っていくかということなども勉強していました。

専門的な話になりますが、日本の森は、実はそのほとんどが人の手によって作られたものです。手つかずの原生林は、せいぜい2%から3%程度しかないと言われています。それ以外の森は必ず人間が手を加えています。太古の時代から人間が森に入り、森と関わり合いながら作り上げてきたのが、日本のほとんどの森の姿なのです。それを極端に進めていったのが、杉やヒノキの人工林です。あれは完全に人間が単一の樹種で作り替え、生産工場のようになっています。しかし、それ以外の森でも、一見何の手も加えられていないように見えても、昔から杣人や猟師、炭焼き人などが関わっており、常に人間がそこで生業を行ってきた姿が、日本の森のほとんどなのです。

そして、今、問題になっているのは、高齢化などにより、森に関わることで食べていけなくなった結果、森に手が入らなくなり、荒れてきているということです。ですから、たとえ森の面積が多くても、原生林と呼べる場所は日本全体でもごくわずか、ほとんどない状況です。 日本の国土の森の面積は確かに非常に多いですが、縄文時代から人々が手入れをしてきたというのは、改めて考えるとすごいことだと思います。それだけ、人々の暮らしと森が近かったということですね。山に行けば、今でも昔の杣人が歩いた道や、住居跡、炭焼き跡などが当たり前のように見つかります。高山の五色ヶ原の森も一部に原生林が残っていますが、それ以外の場所には炭焼き跡や住居跡があり、かつて人がそこで生活を営んでいた森だったことがわかります。

大学を卒業して間もない頃、30年以上前の時期には、人工林が一時期否定される風潮がありました。例えば杉花粉の問題なども出てきた頃で、人工林は良くない、自然の森に戻すべきだという議論の中で、「手つかずで放置すれば自然に戻るのだから、手を入れるな」という考え方が出たのです。

しかし、私たちはそれに対して強く反論しました。なぜなら、一度人間が手をかけた森は、きちんと手入れをしてあげないと、決して自然の状態に戻ることはないからです。例えば、一面の杉林を放置しておいても、天然の森に戻ることは絶対にありません。100%荒れた山になってしまうのです。

天然林、例えば屋久島や白神などの天然林は「極相林(きょくそうりん)」と呼ばれ、そこで既に成長が止まり、安定した状態の森なんです。完成された森なので、例えば若い世代の杉などが育っていくということがありません。実は本来であれば、そこでも伐採を行って、若い木に日が当たるようにして、若い世代の木を育てていくのが、森の機能としては適切なのです。人間の社会と同じですね。若い世代が交代していく方が、森は生きている状態として機能するということです。

ただ今の天然林は、地球上にほとんど存在していないので、貴重なものとして保護していくという意味で残されていますが、本来、森というのは常に更新していくものです。古い木が倒れたり伐採されたりして、そこに太陽の光が当たり、新しい木が生えてきて更新されていくのです。若い木というのは、光合成もたくさんするので酸素をたくさん出したり、落ち葉を多く落としたり、要は働き盛りなんですね。 だけど、今の日本の森は、人間と同じく老人ばかりの森が多いのが現状です。天然林は素晴らしいですよ、貴重な森です。だけど、生産性だけ見るのであれば、その生産力はそんなに高くありません。ただ、とても貴重なものですから、残していかなければいけないものだと思います。

当センターの自然観察ツアーでは、センターのすぐ裏手にある「飛騨の自然探勝路」という整備された散策路を使った、少し短時間のトレッキングコースがあります。ここは森の中を、我々のガイドが植物の話などをしながら、1時間ほどかけてご案内するツアーです。

それから、近くに平湯大滝という滝がありますので、そちらへ行くツアーもあります。ここでは地形や地質的な説明も交えながら、「なぜ平湯大滝は今ここにあり、どうしてできたのか」といったことも含めてお話ししています。 また、日本の巨樹100選にも選ばれている、とても立派な木があるのですが、飛騨地域はウォーキングの場所としても知られており、その巨樹を訪ねていくといったミニツアーのようなものもあります。

平湯大滝の成り立ち、奥飛騨温泉郷を語る上で避けては通れないのが乗鞍岳です。乗鞍岳の植生の多様性は、地形が入り組んでいるというよりは、単純に標高で決まります。乗鞍岳の一番上の方は森林限界を超えているため、木が生育できません。その下の標高帯から、亜高山帯、高山帯、常緑樹帯というように、標高に応じて植物が棲み分けているのです。

飛騨側から見る乗鞍スカイラインは、自然関係者にとっては教科書的に見事な垂直分布を描いています。バスに乗りながらそれを見られるというのは魅力ですね。 平湯は、自然という観点から見ると、非常に貴重な場所に位置しています。日本海側の植生と太平洋側の植生のちょうど狭間であったり、西日本と東日本の植物分布の狭間であったり、さらに標高も1300mあたりで亜高山帯に切り替わるところであったりと、様々な要素がちょうど交差する地点になっています。このため、非常に多様な植物が見られる場所になっているのが特徴です。さらに、平湯は温泉が豊富にあります。温泉に浸かることと森を楽しんでいただくというのが、一番良い過ごし方になるのではないかと思います。

湯のすぐ近くには、今も現役の火山である焼岳(やけだけ)があります。、私たちはそこを「大地のボイラー」と呼んでいます。そこが温泉の源泉、供給源となっており、そのボイラーから豊富なお湯がどんどん湧き出てくるおかげで、温泉がこれだけ広範囲にわたって分布しているのです。奥飛騨温泉郷は、湯量で日本のトップレベル、温泉の数でもトップレベルと言われています。さらに、熱いお湯がそのまま出てくる温泉としてもトップレベルに入るなど、色々なランキングで上位に入ります。それほど温泉の豊富な地域となっています。

平湯は、自然観察や植物が好きな方が来てももちろん楽しめますが、植物に詳しくなくても、温泉を目的に来られた方でも十分に楽しめます。温泉だけでもこれだけの湯量と、様々な種類のお湯が、この比較的狭い地域で楽しめるというのはすごいことです。また、山好きな人には、山に登るための出発点にもなります。平湯はいろんな面で訪れる方を楽しませることができる場所だと思います。「これもあるし、あれもある」という、多様な魅力があるのが飛騨のすごいところだと私は思っています。

温泉も多様性に満ちています。同じ平湯の中でも、それぞれの宿によって泉質が違います。源泉のどこを利用しているかで変わってくるのですが、数百メートル離れただけで色も匂いも全く違うお湯が出ていたり。全部同じ泉質ということはないです。ぜひ湯巡りをしていただいて、「全部同じじゃない」ということを実感してもらいたいです。狭い場所なので、車で何十キロも移動しなくても、気軽に数日滞在してぐるぐる回るだけでも、「こんなに温泉の質も量もみんな違うんだな」というのを実感してもらえるんじゃないかと思います。 季節を変え、時期を変え、色々な視点を変えて何度も来てもらって、自分なりの楽しみ方を見つけていただければ良いのかなと思いますね。

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