広葉樹の森は多様性そのもの。色んな人が関わり、 色んな価値を見出せる
2025.05.08

松本 剛(まつもと・たけし)さん
株式会社飛騨の森でクマは踊る代表取締役COO
鳥取県出身。大学を卒業後、東京で産業廃棄物の再資源化や環境コンサルティングを行う会社に就職。その子会社として、持続可能な地域の実現を目指して森林価値を高める事業を展開する株式会社トビムシの設立に参画。全国の森林のある地域に関わる中で、飛騨地域に縁ができた。 2015年には、飛騨市、株式会社トビムシ、クリエイティブカンパニーの株式会社ロフトワークで、飛騨の広葉樹の森の新たな価値を創出する官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を設立。

最初は、仕事のご縁で東京から飛騨地域に通っていたのですが、次第に広葉樹の森と、木工をはじめとする森と関わる文化があるこの土地で仕事も暮らしもしたいと考えるようになりました。「かつて森は、私たちにとってのスーパーマーケットであり、ガソリンスタンドであり、ホームセンターだった」と言われるくらい、少し前まで、山菜やキノコなどの食べ物、薪や炭としてエネルギー、木材や落ち葉の資材などさまざまなものを森から享受していました。昔の暮らしがしたいというわけではなく、それだけ多様な価値があったはずの森が豊富に身近にある飛騨で、これからの時代の新しい森との関係性をつくっていく仕事をして、また、そこで自分が暮らすこともしたいと思ったのです。

飛騨市は面積の約9割が森林で、そのうち約7割が広葉樹天然林。スギやヒノキの人工林と違って天然の広葉樹林は、木の種類が多く、形も不揃いで枝分かれして曲がっている木も多く、林業や木材流通加工の考え方では扱いづらく、「雑木林」と呼ばれ、価値が低いとされていました。しかし、多様だったり不確実だったりするものは、その分たくさんの人の関わりしろや可能性があるということだと思います。様々な人に森をひらき、一緒にその価値を探して形にする仕事をさせてもらっています。

最近印象に残っているエピソードを紹介します。昨年の夏、東京からフラの教室に通う方々のグループが飛騨の森に来てくれました。古典フラの踊りでは、木の棒を2本打ち合わせて音を出す「カラアウ」という楽器を使います。本場ハワイでは、踊る人が植物の神様に祈りを奉げてから木を伐って自分でその楽器をつくるそうです。教室の先生は生徒のみなさんにもそうしてもらいたいと、日本各地の森林や林業関係者にあたっていたそうですが、どこからも断られていたそうです。これだけ森に囲まれた日本なのに、自分の使う楽器をつくるために木を伐るために森に入ることができない。東京から来てくれた20人の女性が森の中に入り、神様にフラを奉げ、それからそれぞれが気に入った木を選んで嬉しそうに大切そうに持ち帰る姿は、とても特別なものでした。おそらくこの機会がなかったら、僕は古典フラのことを知ることも、飛騨の森でフラの踊りを観ることもなかったと思います。そう思うと多様な広葉樹の森は、多様な人と人を繋げる力も秘めていると思います。

森は様々な人との出会いもつくってくれますし、孤独も楽しませてくれます。コロナ禍で人にも会えず、出かけて行ってカフェで本を読むこともできない時、車で社有林に行き、車中で珈琲を飲みながら読書を楽しんでいました。静かで、だけど色々な木々や草、動物たちの気配を感じる広葉樹の森はそこにいるだけで心地良い一人での特別な時間を提供してくれました。